大腸・肛門(下部消化管)

はじめに

下部消化管グループは,小腸・大腸・肛門という下部消化管に起こってくる病気(疾患)を担当しています.一般的に,内科の先生はお薬や内視鏡で患者さんを治し,外科の先生はメス(手術)で治すと考えられていますが,奈良県立医科大学消化器・総合外科の下部消化管グループは,内科も外科もできる下部消化管専門医の集団です.診断から内科治療,そして外科治療(手術)まで幅広い診療を行っています.

対象となる疾患

診療している疾患は多岐にわたっています.

  • 大腸がん(結腸がん,直腸がん,肛門管がん,再発大腸がん)
  • 遺伝性大腸がん(大腸腺腫症,リンチ症候群など)
  • 消化管カルチノイド,消化管間葉系腫瘍,腹腔内の非上皮性悪性腫瘍
  • 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎,クローン病)
  • 感染性腸炎
  • 放射線性腸炎
  • 大腸憩室症(憩室出血,憩室炎,憩室から生じた瘻孔など)
  • 肛門疾患(痔核,痔瘻,肛門周囲膿瘍,裂肛など)
  • ストーマに関連する合併症(ストーマ旁ヘルニア,ストーマ脱出など)
  • 骨盤内臓器から発生したがんの大腸浸潤,骨盤内の再発がん
  • 難治性の術後合併症(直腸膀胱瘻,直腸膣瘻など)

特色

内科も外科もできることが,私たちの強みです.内視鏡診断,内視鏡治療,腹腔鏡下手術,開腹手術,薬物治療,化学療法,緩和医療,ストーマケアの全てを行います.病気の検査をする時から患者さんと深い関わりを持たせていただき,病気の状態を評価しながら,最適な治療法を選択しています.また,奈良県最後の砦である責任を果たすべく,決して諦めない治療を心がけています.

治療法と治療成績

1大腸がんの治療について

大腸は1.5~2m程度の長さの臓器で,水分やミネラルの吸収を行い,便を形成します.

大腸は結腸と直腸に大別されます.結腸は盲腸,上行結腸,横行結腸,下行結腸,S状結腸に細分化されます.直腸は,直腸S状部,上部直腸,下部直腸に細分化されます.(右図)

大腸の粘膜から発生した腫瘍のうち,周囲の組織・臓器などに浸潤や転移を起こすものが大腸がんです.発生した部位により,上行結腸がん,S状結腸がん,直腸がんなどという病名に分類されます.浸潤・転移を起こす腫瘍を悪性腫瘍といい,がんや肉腫などが含まれます.悪性腫瘍と良性腫瘍の違いは浸潤や転移を起こす能力の有無によります.上記の様に,悪性腫瘍である大腸がんは,経時的に浸潤・転移を起こし進行するので,発見時点から,適切な治療を開始することが望ましいと考えます.

大腸がんの治療は,発見時の進行度(ステージ・Stage)や,個々の患者さんの体の状態に応じて決定していきます.進行度は,がんが大腸の壁に入り込んだ深さ(深達度),どのリンパ節までいくつの転移があるか(リンパ節転移の程度),肝臓や肺など大腸以外の臓器や腹膜への転移(遠隔転移)の有無によって決まります.

大腸癌の進行度(ステージ)は、ステージ0からステージⅣまでの5段階に分類されます.
ステージ0が最も進行度が低く,ステージIVが最も進行度が高い状態です.

出典:大腸癌治療ガイドラインの解説 2009年 金原出版
大腸癌治療ガイドライン医師用 2014年 金原出版

当施設における原発性大腸がん手術症例のステージ別生存率(2007~2011年)

5年全生存率

Stage0
100%
StageⅠ
89.6%
StageⅡ
86.2%
StageⅢ
69.6%
StageⅣ
32.4%

それぞれのステージの患者さんには,科学的根拠(エビデンス)に基づいて,効果の高さが確かめられ広く行われている治療法である「標準治療」が推奨されます.以下の図が標準治療の概略になります.

2大腸がんに対する手術術式について

結腸,直腸等腫瘍の部分により細かく術式が分類されています.切除は通常,以下のように行います.

  1. がんの部分を含め約10cm離れた部位で腸管を切ります.
  2. リンパ節を含む腸間膜を扇状に切除します.(リンパ節郭清といいます)
  3. 腸管をつなぎます.(吻合)

リンパ節郭清(リンパ節の切除)
転移する可能性のあるリンパ節を腸管と一緒に切除します.郭清の範囲は術前診断に基づいて決定します.

  1. D1郭清:腸管傍リンパ節を切除します.
  2. D2郭清:中間リンパ節も切除します.
  3. D3郭清:主リンパ節まで切除します.

3具体的な大腸がんの手術術式

がんの存在する部位で切除する範囲が決定され,それぞれの術式に名前がついています.

直腸がんにおいては肛門機能温存の観点からも様々な術式が存在します.

  • 前方切除術(高位前方切除術・低位前方切除術)

    肛門側はがんから2~3cmはなして直腸を切り,切除後に腸管をつなぎます. 肛門は残るので手術の後も肛門から排便をします.吻合部と肛門の距離等により,一時的に人工肛門を造設する可能性もあります.

  • 直腸切断術(マイルズ手術)

    がんが肛門の近くに存在する場合,がんをとりきるために肛門を残せない場合があります.肛門を含めて直腸を切除し,人工肛門をつくる手術を行います.

  • 直腸がんの術前治療について

    海外では,直腸がんは術前化学放射線療法後の手術が標準ですが,術前化学放射線療法(放射線療法を併用するため,化学療法は比較的弱めのメニューが一般的)により局所制御率の向上は認められるものの,生存率の改善に関しては現時点ではエビデンス(証拠)はありません.それは遠隔転移が制御できていないからと考えられています.また,放射線療法を施行することにより,排尿や性機能,腸管や排便機能の遅発性障害が認められます.海外に比べ手術成績がよい日本では,従来から手術と術後再発抑制を目的とした補助化学療法が標準です.しかし,直腸がんはその他の大腸がん(結腸がん)に比べ予後が悪いということも分かっています(特にリンパ節転移を認めた場合) .そのため,近年は予後が良くないと思われる局所進行直腸がんに対し,局所と遠隔転移の制御を目的に,術前に比較的強めの化学療法を施行する方法もあります(現時点ではエビデンスはありません).

  • 直腸がんの側方リンパ節郭清について

    大腸がんのリンパ節転移の流れは,下部直腸がん以外は中枢側(大動脈)への流れのみのため,腸管とともに中枢側のリンパ節を切除することが,標準手術となります.しかし,下部直腸がんでは中枢側以外に骨盤の側方へのリンパ節転移の流れも認めます.進行下部直腸がんでは,約20%に側方へのリンパ節転移を認めます(ガイドライン記載,当科原発性直腸がん手術症例(2006-2013年)では18.4%).よって,側方のリンパ節に転移の可能性のある下部直腸がんでは,中枢側のリンパ節ともに側方のリンパ節の切除がガイドラインでも推奨されています.しかし,側方のリンパ節は血管(骨盤や足に流れる)と神経(排尿や性機能)の間の脂肪組織の中に存在します.よって,側方のリンパ節切除で手術時間は延長し,出血量も増えます.時間とともに改善することが多いものの術後に排尿や性機能障害もある程度認めます.腹腔鏡手術(後述)でも側方のリンパ節切除は可能で,開腹手術に比べやや時間はかかるものの,出血量はかなり少なくなります.

  • 手術のアプローチについて

    手術方法は開腹手術・腹腔鏡手術があります.それぞれに利点,欠点が存在しますが,腫瘍の状態や患者の状況により決定します.開腹手術が従来からの標準手術ですが,約20年前から大腸がんに対して腹腔鏡手術が行われるようになりました.大腸がんに対する開腹手術とは,一般的におなかの真ん中を縦に15~20cm切開して,おなかの中を直接見て,腸管とリンパ節を切除する手術です.腹腔鏡手術とは,まずは小さな傷(近年は臍部分が多い)から,おなかの中にカメラを挿入し,カメラで写したおなかの中の映像をモニターにうつし,そのモニターを見てする手術です.一般的には,カメラを挿入した傷以外の4カ所ほどの小さな傷(約1cm)から,さまざまな器具(電気メス,腸管をつかむもの,血管をとめるものなど)を挿入し,開腹手術と同様に腸管とリンパ節を切除します.おなかの中に外科医の手を挿入することができず,手術するスペースを確保するため,体(二酸化炭素)をおなかの中に注入して,おなかを膨らませて手術をします.しかし,最後におなかの中から腸管を摘出するために,5cm前後の傷(臍部分になることが多い)は必要となります.腹腔鏡手術は開腹手術に比べ,術後の痛みが少ない,回復が早い,術後の傷に関する感染や腸閉塞が少ない,出血量は少ないが手術時間は長くなります.日本での開腹手術と腹腔鏡手術の比較した臨床試験(横行結腸がんと直腸がんは除く)の結果では,生存率や再発率に大きな差はないものの,大きな腫瘍やリンパ節転移が多い症例では腹腔鏡手術は慎重に選択する必要があります.

4究極の肛門温存手術 ISR

肛門近くにできた超低位の直腸がんに対して,肛門を温存する手術の方法です.直腸がんの進行度や部位に応じて,内肛門括約筋を部分的に切除することで,がんに対する安全距離を確保し,がんを根治的に切除します.当科では2005年4月から究極の肛門温存手術である内肛門括約筋切除を伴う超低位直腸切除術(intersphincteric resection,以下ISR)を全国に先駆けて導入しました.これら手術も腹腔鏡を用いて行っています.この術式を行うことで,多くの方で永久人工肛門を回避でき,自然排便が温存されるようになりました.ただし,吻合部分は肛門の皮膚に限りなく近くなるため,従来の低位前方切除よりも,排便機能の障害が強く出ることがあり,術後に排便訓練が必要となります.年齢,職業,生活スタイル,肛門機能を総合的に評価して,最適な手術方法を患者さんと一緒に選んでいます.

5骨盤外科手術

直腸,前立腺,膀胱,卵巣,子宮,骨・軟部組織などの骨盤内臓器にできたがんは,通常は消化器外科,泌尿器科,婦人科,整形外科がそれぞれ単独で診療しています.しかしこれらの骨盤内臓器は隣接し,互いに密接に関係しておりますので,進行がん,再発がんでは,複数の臓器に浸潤していることが多くなります.がんを根治させるには複数の臓器を一緒に切除することが多くなります.がんと一緒に切り取ることで犠牲になった臓器の機能を再建することも必要になります.高度な技術が求められます.ISRが究極の肛門温存手術なら,各科が連携して行う骨盤内臓全摘術は究極の骨盤外科手術と言えます.消化器外科,泌尿器科,婦人科,整形外科には,各分野のプロフェショナルがおりますが,単独の診療科では治療に限界があります.しかし,これら各領域のプロフェショナルが一致協力して手術を行いますと,従来は到底救えなかった進行・再発がんの患者さんを救えるようになります.当科では,泌尿器科・婦人科・整形外科・血管外科と連携し,骨盤内臓器に発生した進行・再発がんの拡大手術を積極的に行っております.近年では骨盤内臓全摘術のような拡大手術も腹腔鏡下手術で行っております.

6早期大腸がんに対する内視鏡治療(粘膜下層剥離術:ESD)

大腸内視鏡検査を週4日行い,大腸腺腫に対するポリペクトミー,大腸早期がんに対する内視鏡的粘膜切除術(Endscopic Mucosal Resection: EMR)を行っております.大きいサイズの早期大腸がんに対しては,内視鏡的粘膜下層剥離術(Endscopic Submucosal Dissection: ESD)を行っております.ESDは従来の内視鏡治療では取りきれずに手術になっていた大きいサイズの早期がんを,内視鏡で観察しながら特殊なナイフで剥がし取る治療法です.病変を一塊で剥がし取りますので正確な病理診断も可能になりました.手術と比べて患者さんの体への負担が軽く,入院日数も数日間で済みます.

7潰瘍性大腸炎・クローン病

当科では,炎症性腸疾患(IBD: Inflammatory Bowel Disease)に対して,日本の黎明期から厚生労働省研究班に参加して臨床と研究に取り組んできました.潰瘍性大腸炎やクローン病は,多くの場合,内科的治療で病状のコントロールが可能になってきました.しかしながら,長い経過の間には手術治療が必要になることもあります.当科では,内科治療と外科治療のどちらも行い,シームレスな診療を心がけています.内科治療としての栄養療法,薬物療法(5-ASA,ステロイド,アザチオプリンなど),血球成分除去療法、分子標的療法,腸管狭窄に対する内視鏡的バルーン拡張術,外科治療(腹腔鏡下手術・開腹手術)を患者さんの病状に合わせて選択しております.

8放射線性腸炎

様々な病気に対する放射線治療によって,腸管に障害をお持ちになった患者さんの診療を行っています.内科治療の他に,出血に対する内視鏡治療(APC焼灼術など),さらに重症の方の手術治療まで行っています.

9ストーマに関連する合併症

ストーマ旁ヘルニア,ストーマ脱出などのストーマに関連合併症に対する手術を積極的に行っています.また,ストーマをお持ちの方(オストメイト)の悩みをお聞きする時間を設けています(ストーマ外来,要予約).オストメイトと医師,看護婦,ソーシャルワーカーが交流し,情報交換を図る場としてオストメイトの会「奈良県オストメイトの会」をサポートしています.

10手術合併症に対する再手術

医療技術の発展に伴い,手術治療も進歩しましたが,一方で高難度手術後の合併症も発生しています.当科では,奈良県最後の砦の病院として,県内外の病院で生じました術後合併症に対する再手術治療を行っています.縫合不全や難治性消化管瘻孔に対する再手術,直腸膣瘻や直腸膀胱瘻にたいする薄筋弁充填術などを行っています.

手術件数

当科における原発性大腸癌手術件数の推移(2005〜2015年)

手術実績についてはこちらをご覧ください.

臨床試験について

  • 「Indocyanine green(ICG)蛍光法による手術領域リンパ流と血流の検討」
  • 「レーザー光を用いた画像強調内視鏡検査 (Blue LASER Imaging:BLI) で観察可能な血管の深度計測」
  • 「大腸腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)後の腸管内洗浄液中の遊離細胞の細胞活性(viability)の検討」
  • 「大腸癌腹膜播種の客観性評価方法に関する多施設共同前向き観察研究(大腸癌研究会プロジェクト研究)」
  • 「MRI診断能に関する研究(大腸癌研究会プロジェクト研究)」
  • 「クローン病術後吻合部潰瘍に関する後方視的多施設研究(厚労省IBD班外科系プロジェクト研究)」
  • 「クローン病の累積手術率の時代的変遷についての検討(厚労省IBD班外科系プロジェクト研究)」
  • 「潰瘍性大腸炎合併大腸癌および前癌病変の臨床病理学的検討(厚労省IBD班プロジェクト研究)」
  • 「小児潰瘍性大腸炎症例の外科治療及び長期経過に関する多施設共同研究調査(厚労省IBD班外科系プロジェクト研究)」